さくらしめじの彪我くんの可愛さは「あざとい」?
私のブログにコメントした方の中にもあったのですが、
ブログやツイッターを見ていると、彪我くんのことを「あざとい」とか「あざといかわいさ」と表現する方が多いのに驚きました。
えー彪我くんってそんなふうに見られているの??????
あんな可愛い子が、あんな自然な子がそんなふうに見られているの?
おかしいじゃない。とショックでした。
星男祭のサプライズで涙を流したことも、そんなふうに見られているのと可哀相になってきました。
と言うのもこの「あざとい」ということば。本来の意味は
悪辣だ。 意地汚い、腹黒い。いやらしい。
小利口。思慮が浅い。計算尽く。 ずる賢い。いやしい。 あさはかだ。
抜け目がなく貪欲である。
やり方があくどい。ずうずうしく抜け目がない。
否定的なことばのオンパレードです。
えーなんで、彪我くんがずる賢いの? 腹黒いの? 意地汚いの。
なんで彪我君をそんな目で見ているの・・・・・・思わず絶句。ォオ~!!(゚Д゚ノ)ノ
ネットの住民というのはどんなにひねくれた目で彪我君を見ているのだろうといささか腹が立ちました。
でもよく調べてみると。こういうふうに説明されたものがありました。
ことばというものは時代によってその解釈が違ってきますし、
またネットのような新しい文化では違った解釈が為されるようです。
ニコニコ大百科(仮)
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%82%E3%81%96%E3%81%A8%E3%81%84
「あざとい」というのは
抜け目がなく貪欲である。あくらつだ。 [出典]
というのが本来の意味であり、一般的な「あざとい」の語感としては、
「まず常識人が考え及ばないような汚い手段で、相手の弱みをつき、陥れる形で目的を達成する。しかも相手が不利益を被ろうと自分は一切関知しない」、といった具合に、その行為が人道的にも批判されても仕方ない負のイメージがつきまとうもの。
転じて、異性の下心を見透かして利用し、その相手を自分の都合の良い状態へと誘導する意図が感じられる行為を指すことも多いので、この言葉の持つ負のイメージはやはり受け入れがたいものであり、むやみに「あざとい」という言葉の使用は日常的なコミュニケーションを穏便に済ませたい場合は避けるべきものであろう。
とはいうものの、ニコニコ動画においては主に小悪魔的なかわいさを持つ対象の作品に多く付けられる動画タグとして活用されている状況にある。ニコニコ動画の歴史においては、アイドルマスターの天海春香関連の動画タグのひとつとして使われたケースがその始まりと見られる。
少々大げさに自らのかわいらしさをアピールし、あからさまに相手の心をくすぐるするような振る舞いをしている状態を評した言葉であり、辞書的な意味を離れ、ネットスラングとしては必ずしも話者にとっての不快感が伴う表現とは限らない。
ここで言う「あざとい」は、その人物による(ファンの嗜好を見透かしたような)言動・行動が、(見透かされていることを自覚している)ファンの心を的確に捕えて、萌え感情を強く喚起させ好意的に受け入れられる状態のことである。たいていは「かわいいから許す」あるいは「イケメンだから許す」といった具合に受け手に無理強いすることなしに許容されてしまうものを指す。
ニコニコ動画等で「あざとい」という言葉がやり取りされる状況というのは、送り手側と受け手側の深い相互理解と寛容さが生み出したコミュニケーションの一形態なのである。
※ただし、この言葉を発する場合、きちんとニュアンスを理解できる人々が集った環境であることを予め確認しよう。
また、結果的に「ファンの心を捕らえる」ことになるといっても、そうなるよう意図的に計算された行動で成し得た成果なのか、それとも本人から天然に滲み出るかわいらしさ自体に起因する意図しない産物なのかといった区別はまた別途議論されるべきものであろう。
フィクションの世界においては、キャラクターそのものに限らず、キャラクターにそのようなさも狙ったかのような外観・振る舞いをさせるよう仕組んだ製作者側の人々に対して「あざとい」と評するケースもあり得る。これが好意的な評価か否かはその場の流れ(文脈)にも依るのであるが・・・。
ただし、本来の意味では「決して褒め言葉ではない」ので、タグやコメントで安易に用いるのは失礼になりかねないので注意が必要だ。もし賞賛の意味で用いたいなら、マイナスの意味が無いあざとかわいいにすると余計なトラブルを避けられるだろう。
こういうふうに説明されれば少しは怒りも治まるが、それでも彪我くんの可愛らしさは「意図的に計算された可愛らしさ」ではなく「本人から天然に滲み出るかわいらしさ」であると思う。
たしかに芸能人であるから、アピールするためにいろいろな表情は作る。小首を傾げあたり、手のひらを広げたりの仕種はする。しかしそれにしたって、「本人から天然に滲み出るかわいらしさ」をベースにしているからこそ為し得ることであり、それさえ否定してしまえば単なる木偶の坊(人形)でいるしかない。
********************************
むかし、松田聖子が新人の頃、新人賞を受賞して、うそ泣きをしていたと噂が立ったことがある。涙も出ていないのに、手を目に当てて、泣きまねをして、同情を引いたとか、カワイ子ブリッ子したとか・・・。
そうブリッコの元祖だ。
こういうカワイ子ブリッコしているのがほんとうの「あざとい」というのではなかろうか。
彪我くんの場合、無理に泣いたりしないし、カワイ子ブリッコもしない。
何をするにも天然。
とうより、何をするにも不器用感が漂う。
アクティブの反対、バッシブな感じが可愛いのである。
私のブログにコメントした方の中にもあったのですが、
ブログやツイッターを見ていると、彪我くんのことを「あざとい」とか「あざといかわいさ」と表現する方が多いのに驚きました。
えー彪我くんってそんなふうに見られているの??????
あんな可愛い子が、あんな自然な子がそんなふうに見られているの?
おかしいじゃない。とショックでした。
星男祭のサプライズで涙を流したことも、そんなふうに見られているのと可哀相になってきました。
と言うのもこの「あざとい」ということば。本来の意味は
悪辣だ。 意地汚い、腹黒い。いやらしい。
小利口。思慮が浅い。計算尽く。 ずる賢い。いやしい。 あさはかだ。
抜け目がなく貪欲である。
やり方があくどい。ずうずうしく抜け目がない。
否定的なことばのオンパレードです。
えーなんで、彪我くんがずる賢いの? 腹黒いの? 意地汚いの。
なんで彪我君をそんな目で見ているの・・・・・・思わず絶句。ォオ~!!(゚Д゚ノ)ノ
ネットの住民というのはどんなにひねくれた目で彪我君を見ているのだろうといささか腹が立ちました。
でもよく調べてみると。こういうふうに説明されたものがありました。
ことばというものは時代によってその解釈が違ってきますし、
またネットのような新しい文化では違った解釈が為されるようです。
ニコニコ大百科(仮)
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%82%E3%81%96%E3%81%A8%E3%81%84
「あざとい」というのは
抜け目がなく貪欲である。あくらつだ。 [出典]
というのが本来の意味であり、一般的な「あざとい」の語感としては、
「まず常識人が考え及ばないような汚い手段で、相手の弱みをつき、陥れる形で目的を達成する。しかも相手が不利益を被ろうと自分は一切関知しない」、といった具合に、その行為が人道的にも批判されても仕方ない負のイメージがつきまとうもの。
転じて、異性の下心を見透かして利用し、その相手を自分の都合の良い状態へと誘導する意図が感じられる行為を指すことも多いので、この言葉の持つ負のイメージはやはり受け入れがたいものであり、むやみに「あざとい」という言葉の使用は日常的なコミュニケーションを穏便に済ませたい場合は避けるべきものであろう。
とはいうものの、ニコニコ動画においては主に小悪魔的なかわいさを持つ対象の作品に多く付けられる動画タグとして活用されている状況にある。ニコニコ動画の歴史においては、アイドルマスターの天海春香関連の動画タグのひとつとして使われたケースがその始まりと見られる。
少々大げさに自らのかわいらしさをアピールし、あからさまに相手の心をくすぐるするような振る舞いをしている状態を評した言葉であり、辞書的な意味を離れ、ネットスラングとしては必ずしも話者にとっての不快感が伴う表現とは限らない。
ここで言う「あざとい」は、その人物による(ファンの嗜好を見透かしたような)言動・行動が、(見透かされていることを自覚している)ファンの心を的確に捕えて、萌え感情を強く喚起させ好意的に受け入れられる状態のことである。たいていは「かわいいから許す」あるいは「イケメンだから許す」といった具合に受け手に無理強いすることなしに許容されてしまうものを指す。
ニコニコ動画等で「あざとい」という言葉がやり取りされる状況というのは、送り手側と受け手側の深い相互理解と寛容さが生み出したコミュニケーションの一形態なのである。
※ただし、この言葉を発する場合、きちんとニュアンスを理解できる人々が集った環境であることを予め確認しよう。
また、結果的に「ファンの心を捕らえる」ことになるといっても、そうなるよう意図的に計算された行動で成し得た成果なのか、それとも本人から天然に滲み出るかわいらしさ自体に起因する意図しない産物なのかといった区別はまた別途議論されるべきものであろう。
フィクションの世界においては、キャラクターそのものに限らず、キャラクターにそのようなさも狙ったかのような外観・振る舞いをさせるよう仕組んだ製作者側の人々に対して「あざとい」と評するケースもあり得る。これが好意的な評価か否かはその場の流れ(文脈)にも依るのであるが・・・。
ただし、本来の意味では「決して褒め言葉ではない」ので、タグやコメントで安易に用いるのは失礼になりかねないので注意が必要だ。もし賞賛の意味で用いたいなら、マイナスの意味が無いあざとかわいいにすると余計なトラブルを避けられるだろう。
こういうふうに説明されれば少しは怒りも治まるが、それでも彪我くんの可愛らしさは「意図的に計算された可愛らしさ」ではなく「本人から天然に滲み出るかわいらしさ」であると思う。
たしかに芸能人であるから、アピールするためにいろいろな表情は作る。小首を傾げあたり、手のひらを広げたりの仕種はする。しかしそれにしたって、「本人から天然に滲み出るかわいらしさ」をベースにしているからこそ為し得ることであり、それさえ否定してしまえば単なる木偶の坊(人形)でいるしかない。
********************************
むかし、松田聖子が新人の頃、新人賞を受賞して、うそ泣きをしていたと噂が立ったことがある。涙も出ていないのに、手を目に当てて、泣きまねをして、同情を引いたとか、カワイ子ブリッ子したとか・・・。
そうブリッコの元祖だ。
こういうカワイ子ブリッコしているのがほんとうの「あざとい」というのではなかろうか。
彪我くんの場合、無理に泣いたりしないし、カワイ子ブリッコもしない。
何をするにも天然。
とうより、何をするにも不器用感が漂う。
アクティブの反対、バッシブな感じが可愛いのである。