憂愁の夜 真田丸第25話
海が引き潮の時に人がよく死ぬという。先日の大河ドラマ「真田丸」を見ていて、そんな事を思い出した。
生き物の先祖は皆、海から生まれてきた。だから死ぬ時は海からの招きによって帰っていくのだとか・・・。
科学的に解説すれば、月の引力が鉄分を多く含む生物の血液に何らかの影響を及ぼすからだとか・・・。
さて、日曜日の「真田丸」。秀吉の愛児・鶴松が重い病気にかかり亡くなるわけである。
天下の第一人者の秀吉が溺愛していた跡継ぎが亡くなるわけであるから、家中・大名達の動揺はいかばかりか。
さてそのドラマの中でふたつ見所があったので紹介する。
そのひとつは、重病の鶴松を床のそばで看病していた秀吉が突然、その場を離れて、別の部屋へ行くシーン。
そこには鶴松が愛用していた、木馬などの玩具が置かれていた。
それを見て秀吉がしみじみと、「鶴松は何のために生まれてきたのか」と嘆く。「こんなに早く亡くなるのなら、もっといい着物を着せて、もっとおいしい物を食べさせてやりたかった。」と。
すると近くに控えていた信繁(幸村)が秀吉のそばに寄ってきて、「良くない事を口から出すと、良くない事が起きます」とたしなめ「良い事を話しましょう」と勧めた。
「鶴松様は元服すると藤吉郎と名を改めるのですか?」とか「奥方様には誰か決めておられますか」とか、近い将来の話題を話すように持って行く。なかなかほのぼのとしていい場面だったと思う。
天下の秀吉がまるで子供のようになって、楽しい事を想像している。人とは元来やさしいものだとつくづく思う。
もうひとつのシーン。鶴松が亡くなった後、そばで秀吉が玩具のでんでん太鼓を鳴らして、あやしているシーンがある。
真夜中、蝋燭の明かりだけの薄暗い座敷。御簾の向こうで愛児の亡骸に向かって秀吉が、静かにでんでん太鼓を打ち鳴らして、あやしている。
それを固唾を呑んで凝視する石田三成を始めとする家臣団。その情景の寂しさ、怖ろしさ、異常さ。
人が亡くなった時は、これほど静かになるものか。
よく亡くなった後、家族が泣き叫ぶシーンがあるが、あれは死を予測していなかった時、例えば事故などで急に亡くなった時にそういう状態になる。しかし、長期間寝付き、長く看病した家族が亡くなった時はそうそう泣き崩れることはないのかも知れない。看病から解放されたという脱力感、もうこの世から無くなってしまったという虚無感。哀しみはあとからやってくるけれど、それまでは何もなくて、ただひたすら今までと同じ事を繰り返すことしかできない心理状態に追い込まれてしまう。
見なかった人は来週の土曜日に再放送があるし、オンデマンドというものでも見られるようですから、見て下さい。なかなか時代劇では見られない場面です。「真田丸」も始めの頃はコメディみたいでしたが、回を追うにつれ、内容の濃いものになってきました。
********************************
さて、次回はいよいよ大谷吉継の娘、春が登場します。将来信繁の正妻になる人で、信繁嫡男大助の母となる人です。
大助は、関ヶ原の合戦で西軍についた信繁が流された和歌山九度山で生まれたといわれています。生年不詳です。ただ、大坂夏の陣で父信繁とともに討ち死にした時が14.5歳であったといわれています。
あまり歴史的には活躍の場はなく、目立っていませんが、主君秀頼とともに若年で討ち死にしたため、その容姿は美化され、日本の歴史上でも牛若丸や森蘭丸、天草四郎などと並んで美少年の一人として扱われています。
要するにね。ね。
この大助の役をさくらしめじの田彪我君がやったらよく似合うだろうなと思っているわけですよ。
ま、来年の大河は彪我君の事務所の先輩、柴咲コウさんが主演だから、来年でもいいんですけどね。ね。(井伊直政の役)
おまけ
海が引き潮の時に人がよく死ぬという。先日の大河ドラマ「真田丸」を見ていて、そんな事を思い出した。
生き物の先祖は皆、海から生まれてきた。だから死ぬ時は海からの招きによって帰っていくのだとか・・・。
科学的に解説すれば、月の引力が鉄分を多く含む生物の血液に何らかの影響を及ぼすからだとか・・・。
さて、日曜日の「真田丸」。秀吉の愛児・鶴松が重い病気にかかり亡くなるわけである。
天下の第一人者の秀吉が溺愛していた跡継ぎが亡くなるわけであるから、家中・大名達の動揺はいかばかりか。
さてそのドラマの中でふたつ見所があったので紹介する。
そのひとつは、重病の鶴松を床のそばで看病していた秀吉が突然、その場を離れて、別の部屋へ行くシーン。
そこには鶴松が愛用していた、木馬などの玩具が置かれていた。
それを見て秀吉がしみじみと、「鶴松は何のために生まれてきたのか」と嘆く。「こんなに早く亡くなるのなら、もっといい着物を着せて、もっとおいしい物を食べさせてやりたかった。」と。
すると近くに控えていた信繁(幸村)が秀吉のそばに寄ってきて、「良くない事を口から出すと、良くない事が起きます」とたしなめ「良い事を話しましょう」と勧めた。
「鶴松様は元服すると藤吉郎と名を改めるのですか?」とか「奥方様には誰か決めておられますか」とか、近い将来の話題を話すように持って行く。なかなかほのぼのとしていい場面だったと思う。
天下の秀吉がまるで子供のようになって、楽しい事を想像している。人とは元来やさしいものだとつくづく思う。
もうひとつのシーン。鶴松が亡くなった後、そばで秀吉が玩具のでんでん太鼓を鳴らして、あやしているシーンがある。
真夜中、蝋燭の明かりだけの薄暗い座敷。御簾の向こうで愛児の亡骸に向かって秀吉が、静かにでんでん太鼓を打ち鳴らして、あやしている。
それを固唾を呑んで凝視する石田三成を始めとする家臣団。その情景の寂しさ、怖ろしさ、異常さ。
人が亡くなった時は、これほど静かになるものか。
よく亡くなった後、家族が泣き叫ぶシーンがあるが、あれは死を予測していなかった時、例えば事故などで急に亡くなった時にそういう状態になる。しかし、長期間寝付き、長く看病した家族が亡くなった時はそうそう泣き崩れることはないのかも知れない。看病から解放されたという脱力感、もうこの世から無くなってしまったという虚無感。哀しみはあとからやってくるけれど、それまでは何もなくて、ただひたすら今までと同じ事を繰り返すことしかできない心理状態に追い込まれてしまう。
見なかった人は来週の土曜日に再放送があるし、オンデマンドというものでも見られるようですから、見て下さい。なかなか時代劇では見られない場面です。「真田丸」も始めの頃はコメディみたいでしたが、回を追うにつれ、内容の濃いものになってきました。
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さて、次回はいよいよ大谷吉継の娘、春が登場します。将来信繁の正妻になる人で、信繁嫡男大助の母となる人です。
大助は、関ヶ原の合戦で西軍についた信繁が流された和歌山九度山で生まれたといわれています。生年不詳です。ただ、大坂夏の陣で父信繁とともに討ち死にした時が14.5歳であったといわれています。
あまり歴史的には活躍の場はなく、目立っていませんが、主君秀頼とともに若年で討ち死にしたため、その容姿は美化され、日本の歴史上でも牛若丸や森蘭丸、天草四郎などと並んで美少年の一人として扱われています。
要するにね。ね。
この大助の役をさくらしめじの田彪我君がやったらよく似合うだろうなと思っているわけですよ。
ま、来年の大河は彪我君の事務所の先輩、柴咲コウさんが主演だから、来年でもいいんですけどね。ね。(井伊直政の役)
おまけ